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Q.やっぱり私は愚かな人間なんでしょうか |
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去年12年ぶりに再会したお友達を好きになってしまいました。お互い結婚しています。でも彼の奥さんが私達のことを薄々感づいているらしく、彼は付き合い方をかえたいと言ってきました。3ヶ月間別れる別れないでもめ、結局私から別れを言いました。彼が3ヶ月間言いつづけた言葉。「俺が全てを捨ててそして君を家族から奪う勇気がなかった。そうやって愛を成就する人がいるのに俺にはできなかった。でも俺の君を愛しているという気持ちは以前と全く変わらないんだ。」彼は取り繕うために言ったんでしょうか。私はこの言葉を信じていていいんですか?人は1日で変わってしまうものなんでしょうか。永遠の愛なんてないんでしょうか。愛って一体何なんでしょうか。家族は大切にしなければいけないという気持ちはちゃんと持っています。でも心の一番大切なところに彼の記憶を残しておきたいんです。お友達はばかだと言います。やっぱり私は愚かな人間なんでしょうか。 |
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A.大切なのは、彼はreipyさんを選ばなかったという事実です |
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あなたは愚かな人間です。結論から言うと、そういうことになります。でも、落ち込む事はありません。彼も愚かな人間です。僕も愚かな人間です。実は、みんな、愚かな人間なんです。
結婚している同士がちょっと愛し合ったくらいでどうなるもんでもありません。人間というのは変化に弱い生き物なんです。環境を変えることが不得意なんです。順応性はあるんですが、ほとんどの人が昨日と同じ今日の方が楽なんです。
愛とは、タイミングです。ところが、このタイミングを合わせるのが非常に難しい。独身同士だって、愛のタイミングを合わせるのが難しいのに、家庭のある2人ならなおさらです。「中には、お互いが家庭を持っていても愛し合った結果、それぞれが離婚して、愛を成就するカップルもいるじゃないか?」そう、指摘するかもしれません。それは、そのカップルが本当に愛し合っていたからです。
出会いの順番が間違っていただけです。残念ながら、reipyさんはそのケースにあてはまりません。彼は今の家庭を取ったんですから。今となっては、「でも俺の君を愛しているという気持ちは以前と変わらないんだ」という言葉が取り繕っているだけなのか、真実なのかはどっちでもいいということです。大切なのは、彼はreipyさんを選ばなかったという事実です。つまり、振られたんですね。
どんなにやさしい慰めの言葉があろうと、その事実は変わりません。だったら、いい方に解釈したらどうでしょう?
彼は、reipyさんのことを真剣に愛していたけど、やさしい人なので家庭をこわせなかった。だけど、そんな家庭を捨てられない彼のやさしさを愛していたんだと思いなさい。 |
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